Masuk
その年の秋、十五歳になった悠生が、ひとりで神戸までやって来た。冬真には知らせていなかったらしい。かつて私が暮らしていたマンションを訪ね、すでに引っ越したと知ると、私を取り上げたレース記事を手がかりにクラブを調べ、ここまで来たという。ちょうどその日は、地域の家族を招いたクラブの体験イベントだった。スタッフに来客を告げられ、受付へ向かうと、悠生は少し離れた場所に立っていた。その視線の先には、陽菜がいた。同じ幼稚園の男の子が、展示された私のレース写真を見上げていた。「陽菜ちゃんのママ、いつも車に乗ってて、おうちにいないの?」悪意のない質問だった。陽菜は少しも迷わず、胸を張った。「いるよ。ママがお仕事の日はパパがお迎えに来てくれるし、パパがお仕事の日はママが来るの」「でも、レースって男の人がするんじゃないの?」「そんなの関係ないよ。わたしのママは速くて、強くて、世界で一番かっこいいんだから」そう言い切った陽菜を、悠生は呆然と見つめていた。かつての悠生は、冬真や義母の言葉を疑わなかった。家にいるだけの母親。仕事の話ができず、何も知らない退屈な人。大人たちが私を軽んじれば、悠生も同じように私を見た。けれど陽菜は、誰かに否定されても、迷わず私を誇ってくれる。五歳だった頃の悠生と、今の陽菜。家族から教えられたものは、こんなにも違う。「お母さん」と呼びかけかけて、悠生は口をつぐんだ。一度うつむいてから、言い直した。「……真帆さん」私に気づいた悠生が、緊張した様子で頭を下げた。背が伸び、顔立ちは冬真によく似ていた。「少しだけ、お話しできませんか」佐伯さんに陽菜を任せ、クラブの応接室へ悠生を通した。悠生はなかなか口を開かなかった。やがて、膝の上で握りしめた手を見つめたまま、ゆっくりと言った。「ずっと、あの頃の僕は五歳だったから、仕方がなかったと思おうとしていました」「お父さんやおばあさまの言葉を、何も分からずまねしただけだって」悠生の指先に、さらに力がこもった。「でも、手紙を書くたびに思い出したんです。真帆さんが傷ついていたことにも、本当は気づいていました」「それでも僕は、真帆さんなら何を言っても、最後には許してくれると思っていました」「子どもだったことを、ずっと言い訳にしていたんです」悠生は唇を噛み、深く頭を下げた。
離婚してから十年が過ぎた。私は今、国内のクラブマンレースに参戦しながら、クラブでスポンサー対応とイベント運営を任されている。シリーズ参戦後の最初の二年間は、本戦の表彰台には届かず、遠征費を捻出するために、レースのない週末も働いた。それでも、不思議と苦しくはなかった。誰かに許された時間ではなく、すべて自分で選んだ時間だったからだ。クラブの運営責任者だった佐伯さんは、やがてスポンサーとの調整や遠征の手配など、私のレース活動のマネジメントも担当するようになった。だからといって、仕事で私を特別扱いすることはなかった。仕事で足りないところがあれば容赦なく指摘し、レースで失敗すれば、慰める代わりに次の対策を一緒に考えてくれた。初めて食事に誘われたのは、働き始めて二年が過ぎた頃だった。「返事は急がなくていい」と言われ、本当に三か月も待たせた。それでも、佐伯さんは一度も答えを催促しなかった。私が過去の結婚について話したときも、冬真を悪く言うことはなかった。ただ、静かにこう言った。「橘さんが、これからどう生きたいかを大切にしたいです」誰かと生きることは、自分を諦めることではない。佐伯さんと過ごすうちに、少しずつそう思えるようになった。交際から二年後、私たちは結婚した。今では、五歳になる娘の陽菜(ひな)と、保護犬の麦を加えた四人で暮らしている。遠征が決まれば、佐伯さんは先に家の予定を確認した。仕事で帰りが遅くなる日は、必ず連絡をくれた。私が行きたい場所を口にすると、「いつか」で済ませず、その場で予定を調整し、一緒に出かける計画を立ててくれた。高原も、雪の残る湖も、陽菜が初めて海を見た日も、私たちは一緒だった。生活をともにするとは、こういうことなのだと初めて知った。陽菜は、私がレーシングスーツを着るたびに目を輝かせた。幼稚園では、誰に聞かれなくても私のことを話しているらしい。「わたしのママ、車のレースに出るんだよ。すっごく速くて、手芸もできるの」担任からそう聞かされ、思わず笑ってしまった。かつて私は、家族から恥ずかしい存在のように扱われていた。今は、娘が誰よりも誇らしげに私の話をしてくれる。冬真の姿に気づいたのは、離婚から二年ほど経った頃だった。観客席の一番後ろに、一人で立っていた。レースが終わっても声をかけてこない。ただ、
「もう、冬真さんを愛していないんです」言葉にした瞬間、長いあいだ胸の奥に残っていたものが、静かにほどけていった。冬真は何も言わなかった。俯いたまま、固く組んでいた指をゆっくりとほどいた。冬真は、私を愛していたのかもしれない。けれど彼にとっては、世間体も、プライドも、ほかの何もかもが、私より大切だった。私そのものを愛していたというより、私に世話を焼かれ、何もかも先回りしてもらうことに慣れていただけなのだろう。どんな事情があったとしても、私をないがしろにし、冷たく突き放し、家族のために尽くすのは妻として当然だと思い込んでいた。その事実は変わらない。愛し方を知らなかったのではない。私を大切にしようとしなかっただけだ。冬真が惜しんでいるのは、私ではなく、自分のものではなくなった日常なのかもしれない。やがて立ち上がると、玄関で一度だけ振り返った。「分かりました」かすれた声だった。扉が閉まったあと、部屋には時計の音だけが残った。それから一週間後、弁護士から連絡があった。冬真が離婚届に署名したという。神戸市内の区役所へ行き、離婚届を提出した。窓口の職員が書類を確認し、淡々と受理する。九年間の結婚生活は、驚くほど静かに終わった。帰宅すると、小さな荷物が届いていた。箱の中に入っていたのは、青い怪獣のぬいぐるみだった。悠生がごみ箱へ捨てた、あの怪獣。曲がった角も、不揃いな縫い目も、私が作ったときのままだった。ぬいぐるみの下には、折り畳まれた便箋があった。覚えたばかりのひらがなで、何度も書き直した跡が残っている。『ママ、ごめんなさい。かいじゅうをすてて、ごめんなさい。ママのおべんとう、ほんとうはだいすきでした』最後に、小さくこう書かれていた。『もういちど、ママってよんでもいいですか』文字が滲んで見えた。怪獣を胸に抱き、しばらくその場から動けなかった。悠生を愛していないわけではない。けれど、愛していることと、あの家へ戻ることは違う。便箋を丁寧に畳み、怪獣と一緒に棚の上へ置いた。その日の夕方、クラブのコーチから呼び出された。選考レースで二位に入ったことで、関西クラブマンシリーズへの参戦枠を得られたという。「ただし、走るだけでは続かない。遠征費も車両費もかかる」分かっていた。久世家を離れた今、誰かのお金に頼って夢を続ける
しばらく画面を見つめたあと、オートロックを解除した。話を終わらせるには、一度きちんと聞くしかないと思った。玄関の扉を開けると、冬真が一人で立っていた。義母はバッグを手に取り、私たちの間へ視線を往復させた。「私は帰るわ。あとは二人で話しなさい」そう言い残し、義母は冬真と入れ替わるように部屋を出ていった。「お邪魔します」冬真は小さく頭を下げ、私のあとについてリビングへ入った。向かいの席に座ると、冬真は縋るような目で私を見た。「真帆。僕は、もう一度、真帆とやり直したいと思っています」「これまでの僕は、あまりにも真帆に冷たすぎました」「どうか、償う機会をいただけませんか」あれほど誇り高い冬真が、こんなふうに頭を下げるとは思わなかった。「真帆がしてくれていたことを、家を出てから初めて思い知りました」「真帆がしてくれることを、僕は当然だと思っていました」「当然だと思っていたから、感謝もしなかった。悠生が真帆を軽んじるようなことを言っても、きちんと叱りませんでした」冬真の手が、テーブルの上で固く組まれている。「僕がそういう態度を見せていたから、悠生もまねをしたんです」その言葉を、もっと早く聞きたかった。家族の絵から消される前に。捨てられた怪獣を、ごみ箱から拾い上げる前に。二つのお弁当を冷蔵庫へしまう前に。「冬真さん、もう終わったことです。私たちは、それぞれ前へ進むべきです」「僕は……真帆を愛しています」愛という言葉を冬真の口から聞いたのは、初めてだった。私たちは互いに礼儀を崩さず、夫婦としての形だけを守ってきた。私は一度も、それを愛だと思ったことはない。「以前の僕は、誰かをどう愛せばいいのか分かっていませんでした。だから、真帆を何度も傷つけた」「真帆がいなくなって、ようやく気づいたんです。僕は、真帆なしでは生きていけません。すべて僕が悪かった」「悠生のためにも、そこまで頑なにならないでいただけませんか」冬真は、私を愛していると言った。人を愛したことがないから、愛し方が分からなかったのだと。けれど、両家の取り決めで顔を合わせていた頃、冬真は私にはっきり告げていた。「真帆。僕には好きな人がいることは、ご存じでしょう」あの頃、冬真は絵里との交際を反対され、久世家と激しく対立していた。結婚後、絵里がアメリカで新しい恋人
選考レースから三日後、マンションのインターホンが鳴った。画面に映っていたのは、冬真ではなかった。義母だった。「少し、お話しできないかしら」オートロックを解除し、部屋へ通した。リビングに入ると、義母は挨拶もそこそこに切り出した。「そろそろ、東京へ戻ってきてちょうだい」お願いというより、長引いた家出を終わらせるよう命じる口調だった。「戻るつもりはありません」「冬真は、あなたがレースを続けることを認めると言っているわ。家事代行も増やすそうよ」「そのお話なら、すでに伺いました」「それなら、何が不満なの?」義母は本当に分からないらしい。「悠生は幼稚園へ行きたがらず、冬真も仕事に集中できていません。このままでは会社にも影響が出ます」最初に口にしたのは、私が傷ついたことではなかった。息子と孫が困っていること。そして、久世家の会社に影響が出ること。「私が戻れば、すべて元どおりになるとお考えですか」「少なくとも、悠生は落ち着くでしょう。あの子はまだ五歳なのよ」義母は、私を諭すように続けた。「最初にあなたを冬真の妻に選んだのは、おとなしく控えめで、久世家の嫁にふさわしいと思ったからよ」「戻ってきてちょうだい。私の顔を立てると思って、冬真にもう一度だけ機会をあげて」「……」「お義母様が必要としているのは、私ではありません」「冬真さんと悠生の世話をして、久世家の体面を守る妻でしょう」義母の表情が硬くなった。「真帆さん。あなたも母親なら分かるでしょう。子どものために我慢しなければならないことはあるの」「九年間、そうしてきました」「だったら、もう一度――」義母の言葉を遮った。「私でなくても、その役目を果たす人なら誰でもいいんです」長い沈黙のあと、義母は視線を伏せた。「今では両家の事業上の結びつきも深く、悠生ももう赤ん坊ではありません」「私がいなくても、皆さんで十分に支えていけるはずです」義母が顔を上げた。震えそうになる声を押さえ、最後まで言い切った。「すべて、お望みどおりになったでしょう」「ですから、もう……私を自由にしてください」義母はしばらく黙っていた。やがて、諦めたように小さく息を吐いた。「今日ここへ来たのは、冬真に頼まれたからなの」やはり、そうだったのか。冬真は、自分では私を説得できないと思い、母親を送
翌週、クラブの合同練習に参加した。十三年のブランクを抱えた体は、思うようには動いてくれなかった。ブレーキを踏む位置がわずかに遅れ、コーナーの出口で速度が落ちる。一本目のタイムは、目標には遠く及ばなかった。ヘルメットを脱ぐと、コーチがタイム表を差し出した。「慎重になりすぎだ。昔はもっと無茶をしただろう」そう。昔の私は、失うものなど何もないように走っていた。ようやく取り戻し始めたこの人生だけは、もう誰にも渡さない。二本目は、アクセルを戻すのを少しだけ遅らせた。恐怖にハンドルを握らせるつもりはなかった。走行を終えると、一本目より一秒以上縮まっていた。「まだ走れるな」コーチの短い言葉に、胸の奥が熱くなった。片づけをしていると、コーチに呼び止められた。「来月の選考レースへの出場が正式に決まったぞ」差し出された封筒には、開催日と会場、当日の集合時刻が記されていた。出場を決めたときには、まだ遠く感じていた舞台だ。けれど、印刷された自分の名前を見た瞬間、胸の奥が静かに高鳴った。十三年前なら、父の許可を待った。結婚してからなら、冬真の予定を確かめ、悠生を預けられる日かどうかを考えただろう。けれど今は、誰にも尋ねる必要がない。案内を大切にバッグへしまった。その直後、受付のスタッフが大きな箱を運んできた。「真帆さん宛てです。ずいぶん立派な荷物ですね」中に入っていたのは、新品のヘルメットとレーシングスーツだった。どちらも、気軽に贈れるような値段ではない。スーツは私のサイズに合わせて仕立てられ、胸元には『MAHO』と刺繍されていた。添えられたカードを開く。『続けたいのであれば、反対はしません。月に二度程度なら、悠生にも寂しい思いをさせずに済むでしょう』差出人の名前を見るまでもなかった。冬真には、クラブの場所を教えていない。住まいだけでなく、ここまで調べたらしい。高価な道具を与えれば、それが応援になると思っている。そして今も、私が走る回数まで自分が決められると思っている。その場で配送業者に連絡し、箱を返送する手配をした。それから数週間、選考レースに向けた練習だけに集中した。選考レース当日、十三年ぶりの実戦で無心にコースを走り、二位でチェッカーを受けた。汗に濡れた髪のまま表彰台に立ち、観客席の拍手を聞いた瞬間、十三年前に置